長崎 「軍艦島」に行ってきました


先週は、2年ぶりの長崎に行ってきました。

思いがけず、「軍艦島」に渡る機会がありました。

長崎港から船で30分。正式名は「端島」(はしま)です。

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赤シャツのスタッフさんに見送られて出航。
船内では「軍艦島コンシェルジュ」のみなさんらが自己紹介。
いい感じ♪
ホームページはこちら→ http://www.gunkanjima-concierge.com/

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軍艦島は海底炭鉱の島で、

かつては周囲1・2kmの小島に、5000人もの人々が暮らしました。

日本最古の高層7階建て鉄筋コンクリート造アパートもここにあります。

1974年に閉山。

その後、40年間、役目の終った島として眠り続けました。


30分船を走らせ、黒い島が見えてきました。
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5年ほど前に、上陸許可が下りるようになり、

いまでは観光クルーズを行なう会社が5つ生まれ、

1年間で合計5万人が訪れる観光地になりました。

2013年には世界文化遺産に「推薦」されています。


では、軍艦島=端島に上陸しましょう。


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お兄さんが持つ写真のように、アパートはコの字型に建っています。
大きな家族のように、みんな協力し合って暮らしたそうです。
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小さな島には子供たちの遊ぶスペースはなく、

遊びはもっぱらアパートの屋上だったそうです。

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どこもかしこも 廃墟。
人工物をたくさんつくった後で人間がいなくなった島は、
40年でこれほど朽ちるのですね。 まざまざと見せつけられました。
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この日、船のガイドは小畑さんという76歳の男性で

24歳のころ、実際に炭鉱夫として働いていた方に当たって幸運でした。

しかも、とってもお話が楽しく上手な方です。


地下(海底トンネル)の気温は年中を通して34~35度と暑く、

しかも湿度は…95度だそうです。 私は絶句しました。

このひどい労働環境の中、毎日何時間も働くのです。


一日の仕事が終わって地上に出ると、

「くまもん」みたいな顔になっていたんですよ、と明るくおっしゃいます。

せっかくの観光だから、お客さんには楽しく過ごしてほしいということで、

辛い話はあまりなさらないそうです。

「でもいまとなってはいい思い出。楽しかったですよ」とおっしゃいました。


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ガイドの小畑さんが炭鉱夫として働いていらした50年前。

県の初任給が2万3000円だったのに対し、

孫請けの自分でさえ4万円をもらっていたと。辛い仕事の対価ですね。


こういう方々が日本を支えてくれたんだなあと、しみじみ思いました。





軍艦島は朽ち続けているので、島の中心部には入れません。
海を隔てた一番近い町には、軍艦島の何かが崩壊した音が、
今もたびたび聞こえてくるそうです。
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さようなら、軍艦島。 ありがとう。
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長崎・島原の旅はこちら
https://reikosetogawa.seesaa.net/article/201406article_20.html

雲仙宮崎旅館と「やまぼうし」についてはこちら
https://reikosetogawa.seesaa.net/article/201406article_18.html


瀬戸川礼子でした。

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